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北京駐在スタッフの随想

No.001 「中国の連休とH7N9」

2013年5月15日
特任教授 林 光江
中国は2008年から「清明節」、「端午節」、「中秋節」など伝統的な祭日を法定休日に加え、短い連休を数多く設定した。建国に至る経緯から、労働者を重んじる中華人民共和国において、5月1日の労働節(メーデー)は大事な祝日であった。しかしこの改定により、もと1週間あった労働節の「黄金週(ゴールデン・ウィーク)」は3日間となってしまい、今年は4月29日(月)、30日(火)、5月1日(水)。直前の週末4月27日(土)、28日(日)は振替「出勤」である。短い連休。いきおい人々は海外でなく、中国国内各地へ繰り出すことになり、3月末から全国にじわじわ広がり始めた鳥インフルエンザウイルスH7N9人感染のさらなる拡大が懸念された。

中国中央テレビ局(CCTV)5月2日放送の番組『焦点訪談』では、各観光地への記録的な人出を紹介していた。中国の歴代皇帝が天地を祀る儀式を執り行ったという山東省の「泰山」には、4月28、29、30日それぞれ2.3万、6.26万、8.9万人の観光客が訪れ、5月1日早朝には3万人以上が山頂から日の出を望んだ。福建省アモイの名所「コロンス島」はかつて列強諸国の租界が置かれた異国情緒漂う小さな島だが、人口1万7千人、面積にして1.78平方キロメートルのこの島に、3日間で18万もの人が訪れたという。首都・北京も同様に全国各地から多くの旅行客を迎えた。紫禁城として知られる「故宮」には連日約10万人が訪れた。また連休初日の4月29日だけで、全国の鉄道輸送は延べ888.5万人を突破。車や飛行機の利用を考え合わせると、いったいどれほど多くの人々が中国国内を移動したことか。

4月24日を境に、週に一度の発表となったH7N9人感染の確定症例数は、5月1日までの累計が127件。その後、5月6日時点で2件の増加と、やや落ち着きを見せていたものの、連休中の大移動により、休み明け一週間後には一気に数を増すのではないか − そう心配していた人も多かっただろう。しかし国家衛生・計画出産委員会の発表によれば、5月6日から13日の1週間で新たに確認されたのは江西省の1件のみであった。もちろん潜伏期間が約1週間といわれているので、未発症の人がいるかもしれないし、症状が出てからも様々な理由で病院に行かない人がいることも予想される。それにしても意外な数字である。

当初、H7N9の人感染症例は治療の遅れから高い死亡率を示していたことが既に報じられている。また発症早期にタミフルなど抗インフルエンザ薬を投与することにより治療効果が顕著に高まることも分かってきた。一方、治療費が捻出できないことを理由に受診をためらう人も多かったため、政府はH7N9人感染の治療にはある一定額の補助を出すことにした。さらに衛生部門は全国の医療機関に対し「患者にお金がないことを理由に治療を断ってはならない」という通達を出したので(中国の病院では、治療費のかさむ重病や大怪我の場合、数千元の保証金を先払いしないと受診を断られるケースが多々ある)、以前に比べ病院への早期アクセスが容易になったと考えられる。だが、この補助にしても先ず患者が自分で医療費を立て替え、事後払い戻しを受ける形であるため、まとまった現金のない人は相変わらず受診を先送りする可能性もあり、来週20日の症例数発表を見るまでは安心できない。

感染地における生鳥市場閉鎖など、政府の果断な対応が感染拡大抑止に効果を上げているとWHOからお墨付きをもらった中国であるが、感染は本当にこのまま収束に向かうのだろうか。まだまだ慎重に観察していく必要がある。