中国感染症情報中国感染症情報

北京駐在スタッフの随想

No.011 「感染症対策のシルクロード」

2017年5月19日
特任教授 林 光江
 去る5月14、15日北京で「一帯一路」国際会議が開かれ、世界130か国以上から約1,500人が参加した。「APECブルー」で話題となった2014年APEC会場である北京郊外の「雁栖湖国際会議センター」ほか、市内数カ所に設けられた分科会場、参加者の宿泊施設周辺など、各所で交通規制が敷かれ、同僚研究者の出退勤の足にも影響が出たと聞く。良かったこととしては、今回も会期中は青空が続いていた。
 新聞などでもとりあげられるようになったが、中国の提唱する「一帯一路」とは、かつての陸のシルクロード沿道の経済ベルト=「一帯」と、21世紀の海上シルクロード=「一路」によって、中国を起点に欧州、アジア、アフリカを結ぶ、巨大な経済圏構想である。保護主義色を強めるアメリカに代わって、中国が世界の自由貿易の牽引役をつとめようという試みである。中国政府は関係国のインフラ投資のための「シルクロード基金」を増資するほか、政策金融機関による融資など、総額7,800億元の資金を追加拠出すると表明した。これは日本円にして13兆円もの金額である。
 「自国のインフラ整備が進む」と期待する国々、中国による制海権拡大を警戒する国々と、参加国の中にもさまざまな思惑があるようだが、この大構想にこれほど多くの国が集まったということは、好むと好まざるとにかかわらず、中国を中心とした経済活動が活発化することは間違いない。「一帯一路」の沿道・沿海にある国は60か国以上とされており、その中には多くの発展途上国も含まれ、これらの全人口は40億人とも言われている。
 そうなると心配されるのが感染症流行の拡大である。折しも5月初めにコンゴ民主共和国で新たなエボラ出血熱感染があり、大流行の再燃が懸念されている。また中東のイエメンでは4月末からコレラが流行しており、この数週間ですでに200人以上が死亡、疑い例も1万5,000人と伝えられている。イエメンでは内戦によって上下水道が機能していない地域が多く、また医療機関も約半数が閉鎖されており、この度の流行に対処しきれていないようだ。
 中国政府も一帯一路に伴う感染症流行の可能性は意識しており、我々東京大学中国拠点のカウンターパートである中国科学院もすでに対応に着手している。その中心の一つが中国科学院上海パスツール研究所である。この研究所は2004年、感染症の予防を目的として中国政府とフランス政府が協議を開始し、上海市、中国科学院、フランス・パスツール研究所の三者が共同調印して創設したものである。『中国科学報』によると、この研究所では昨年、中央アフリカを対象とした「レインボー計画」と雲南省からメコン川流域にかけての、いわゆる「大メコン圏」を対象とした「金鉱計画」を立ち上げている。
 「レインボー計画」は病原体の発見を主要な目標としつつ、アジア、欧州、アフリカ諸国との共同研究の形で、治療薬やワクチンの開発にあたる。この計画には世界中から1,000名以上の研究者が参加しているという。一方、「金鉱計画」は大メコン圏、つまり中国雲南省、ミャンマー、ラオス、ベトナム、カンボジアなどの国や地域の感染症対策に取り組む。主に蚊を媒介とした感染症をターゲットにしており、カンボジア政府からの要請を受け、今年中には現地で抗マラリア薬の臨床試験を始めるという。
 「大メコン圏」は1990年代初頭から、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)がイニシアチブをとり経済協力プログラムを進めてきた地域である。メコン川に橋をかけ、国道を整備し、中国・ASEANを陸路で結ぶという交通インフラ開発と、それに伴う地域の経済発展を促した。しかし今や発展著しい中国主導で設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加国が70カ国となり、各国のインフラ整備の金融投資においてADBにまさる影響力を持つようになると予測される。時代は中国中心に向かっている。
 「一帯一路」構想やAIIBには経済的リスクや政治的リスクが懸念されるという理由から、日本がどのようにかかわっていくのか日本政府の方針はまだ定まっていないようだ。しかしもしも感染症制圧のための「シルクロード」ができるとしたら、日本もいち早く参加を表明し、協力してもらいたいと思う。