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北京駐在スタッフの随想

No.010 「肝臓病対策と中国の飲酒文化」

2017年3月22日
特任教授 林 光江
 中国で3月18日は「全国愛肝日」とされている。日本語にすると「全国肝臓の愛護デー」。2000年、南京市の或る病院が肝臓の病気予防を目的とした科学的知識の普及活動を始め、翌2001年には政府衛生部門が機関紙『健康報』でB型肝炎についての教育・広報を行い、次第に全国に広まった公益活動である。2004年にはホームページも開設され、専門病院や医師の情報、新薬や治療法など知識の共有を行っている。第17回となる今年のメインテーマは「早防早治、予防肝癌(早期予防・早期治療で、肝臓がんを防ごう)」だった。
 中国政府が発表する法定伝染病の統計によれば、2016年の一年間でウイルス性肝炎の新規発症数は122万を越している。そのうちB型肝炎が94万強、C型肝炎が20万強と多い。また、WHOは2015年全世界における肝臓がんによる死亡者数を78万8千人と公表しているが、中国では毎年38万人以上が肝臓がんで亡くなっているので、世界の肝がん死者数の約半分を占めることになる。
 「全国愛肝日」の主題は毎年異なる。「肝胆相照らす、愛の心を永遠に」、「科学に依拠し、肝臓病を予防・治療する」という包括的なものがあれば、次のように重点を絞ったものもある。2009年は肝炎ワクチン、2012年はB型肝炎、2014年は薬物性肝障害、2015年はC型肝炎、そして上述したとおり今年2017年は肝臓がんが重点とされた。その中で、2006年と2013年の2回にわたって取り上げられたのがアルコールであり、それぞれ「肝臓をアルコールから解放しよう」「肝臓のために一日禁酒を」という主題で啓蒙活動が行われた。「白酒(パイチュウ)」と呼ばれる、アルコール度数の高い蒸留酒が好まれる中国ではアルコール性肝炎や肝硬変も大きな問題になっているのだろう。
 日本では、1972年日中国交正常化の宴席で周恩来が田中角栄をもてなした「茅台(マオタイ)酒」が「白酒」の代名詞として広く知られるようになった。今では日本国内でも入手できるほどなじみの深い「白酒」だが、初めて中国に来た日本人は、宴席で繰り広げられる独特の飲酒文化に驚かされることが多い。宴会のはじまりにはひとしきり挨拶の言葉があって、その後「乾杯(カンペイ)」をする。これは読んで字のごとく酒杯を乾(ほ)さなくてはならない。一般に「白酒」のグラスは小さいとはいえ中身は50度以上の蒸留酒である。口の中に含んでしまうと強い香りでむせることがあるので、喉の奥にいっきに流し込む感じで飲んだ方が良いようだ。飲み干した証拠としてグラスを逆さにしたり、グラスの底を相手に見せたりもする。グラスの合わせ方にも気をつけなければならない。相手が自分よりも上の身分だったら、グラスを合わせる時、相手のグラスより高くしてはいけない。またお酒を飲む時は、先ずまわりの人にも勧めて一緒に飲まなければならない。日本のように自分のペースで一人勝手に飲むのは失礼にあたる。そして自分がメインの客だった場合、宴の場にいる中国側の全員が「白酒」の入ったグラスを持って次々にやって来る。一人と乾杯が終わると、空いたグラスにはすぐまた「白酒」が注がれ、そして人数分の「乾杯」をするはめになる。断りきれず、体を壊した駐在員も多いのではないだろうか。
 近年は「白酒」の代わりにワインなど度数のさほど高くないお酒で乾杯する宴席も多くなった。宴会で「白酒」を出さなくなったのは、腐敗や贅沢を撲滅する「倹約令」の影響も大きいが、「全国愛肝日」など啓蒙活動の効果も出ているのだろう。健康を損なうことなくお酒を楽しむという新しい文化が中国にも広がっている。