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北京駐在スタッフの随想

No.013 「マクドナルドの耐性菌対策」

2017年9月14日
特任教授 林 光江

 8月下旬、ファストフード大手、米国マクドナルドの出した声明が、中国で大きな話題となった。マクドナルドが店舗で提供する鶏肉の飼育過程において、抗生物質の使用を段階的に減らしていくというものだった。対象となるのは、世界保健機関(WHO)が人の医療にとって「極めて重要な抗菌剤のうち最優先なもの」(Highest Priority Critically Important Antimicrobials: HPCIA)と定めた抗生物質である。

 抗生物質に耐性を持った細菌、いわゆる薬剤耐性菌は、人々の健康に対する大きな脅威として、世界的な問題となっている。これまで効いていた抗生物質が効かなくなり、治療の選択肢が急速にせばめられている。アメリカでは、耐性菌が原因で年間推計2万3,000人が死亡しているという。日本でも病院や介護施設内での感染連鎖が時折報じられている。耐性菌が生まれる大きな原因の一つが抗生物質の乱用である。

 日本では、畜産関係者や獣医師等でない人々にとって、家畜への抗生物質使用が人間の健康を脅かしているという実感は少ないと思うが、WHOは「畜産が抗生物質に対する耐性の発生源である」と指摘している。また自然保護活動などを行う米国天然資源保護協議会の専門家によれば、アメリカでは人にも使われる医療上重要な抗生物質のうち、70%が人ではなく動物に使われているそうだ。

 これまで多くの国で、食料用家畜への抗生物質は、病気になった時に与えるというよりも集団感染の「予防」と「成長促進」のため、飼料に添加する使い方が多かったという。大規模農場、養鶏場では、病気の感染を未然に防ぎ、成長を早めることが、コスト面からも最も望ましい方法である。しかしこのように必要以上の抗生物質を投与することで、耐性菌が生まれやすい環境が作られる。家畜の中で生まれた耐性菌は、畜産業に携わる人を通じて感染することもあれば、家畜の糞便に混じった耐性菌が土壌や水などを通して広がることもある。

 WHOは薬剤耐性菌対策として2007年から「極めて重要な抗菌剤(Critically Important Antimicrobials for Human Medicine: CIA)」のリストを発表し、更新してきた。米国マクドナルドは2016年のCIAリスト第5版の中で示された、最も優先度の高い抗生物質HPCIAを制限していくと声明を出したのである。

 マクドナルドの声明自体は国際的な流れにかなうものであり、何ら問題はない。問題となったのは、使用廃止までのタイムテーブルだった。

  • 2018年1月:ブラジル、カナダ、日本、韓国、アメリカ、欧州の鶏肉からHPCIAを排除する。
    例外として欧州ではコリスチンの使用を認める。
  • 2019年末:オーストラリア、ロシアの鶏肉からHPCIAを排除する。
    欧州のコリスチン使用を撤廃する。
  • 2027年1月:その他すべての想定されるマーケットでHPCIAを排除する。

 これに中国の人々が反応した。現在中国にはマクドナルドが約2500店舗あり、2022年末までには4500店まで拡張すると予想されている。これほど大きな市場である中国が「その他」とされたことに憤慨し、我々中国人は2027年まで抗生物質漬けの鶏肉を食べ続けなければいけないのか、これは「ダブルスタンダード」、「蔑視」ではないのかと声を挙げた。これに対しマクドナルド中国は「中国政府、生産者、業界団体、専門家と密接に協力しながら、中国の実情に合わせ、業界の持続可能な発展を推進していく」と回答している。私も北京に暮らす中で、食品に農薬や抗生物質が多用されていることをよく見聞きしているので、このニュースに接した時、中国の畜産業でここ一、二年のうちに抗生物質を止めるのはまず無理だろう、「ダブルスタンダード」になるのも仕方ないことだろうと思った。

 中国の専門家たちの話によれば、「中国畜産業における抗生物質の使用は、少なくともアメリカの4倍」、「中国は抗生物質の生産大国であり、抗生物質の入手が容易で価格も安い」、「中国では年に21万トンの抗生物質が生産されており、46.1%が畜産に使われている」。専門家の多くが、現在の畜産業でHPCIAをはじめとする抗生物質を一朝一夕に廃止できるとは考えていない。

 食品に関する多数の著作をもつ中国のサイエンス・ライターは言う。抗生物質の使用は避けられないし、薬剤耐性の出現も避けられない。しかし「必要のない」「適切でない」「乱用」を避けることによって、耐性菌の出現を遅らせることはできる。耐性菌問題を解決する頼みの綱は新しい抗生物質だけだが、耐性菌の出現を遅らせることによって、今ある抗生物質を使える時間が長くなり、科学者たちが新しい抗生物質を開発するまでの時間をかせぐことができる。

 

 また、中国農業大学の朱毅副教授は次の三点を強調する。1.抗生物質の使用量をコントロールし、2.「休薬」期間を設け、3.残留量を監督管理する。この三つを守れば、アメリカと中国の鶏肉は「育て方に違いはあっても、食べるうえでは違いがない」と語る。

 抗生物質にたよらない畜産を実現するには、生産者と獣医師などの専門家、そして監督官庁が連携を深め、抗生物質使用のリスク評価と管理を行い、耐性菌のモニタリングを実施していくことが必要であるという。その管理監督にかかるコストを中国社会が負担できるかどうかが重要な鍵となる。また生産者自身も科学的知識を身につけ、手間をかけ、生産コストの増加に耐えなければならない。この巨大な中国畜産業の規模を考えると、実現までの道のりは険しい。一方、この分野で日本は中国に先んじている。両国が協力してできることはまだまだあるはずだ。