中国の3月は政治の季節。3月5日から中国人民代表大会と中国人民政治協商会議が始まった。日本の国会に相当するこの二つの会議は「両会」と呼ばれ、会議の内容が連日報道されている。日本や海外では、「中国国家主席」の任期制限を撤廃する憲法改正案の行方が、開会前から大きな注目を集めていた。
しかし私がより興味をひかれたのは、13日に発表された国務院機構改革、つまり日本の中央省庁改編に相当する行政改革である。今回の改革で、衛生問題や人口政策を司ってきた「国家衛生・計画生育(計画出産)委員会」も統廃合され、新たに「国家衛生健康委員会」となる。37年間にわたり人口抑制政策の監督管理にあたってきた部門の名称が国レベルにおいては消滅するのだ。国の定める政策を遂行させるためとはいえ、重い懲罰的課金や強制堕胎など、下部組織の対応には行き過ぎがあると指摘されることの多かった、いわゆる「一人っ子政策」。関係する人々の中には様々な思いがあるのではないだろうか。
さてこの2月末、国家衛生・計画生育委員会としては最後となる、通年の「法定伝染病流行概況」が発表された。毎月の報告では新規感染者の多かった疾病の上位を取り上げるのみなので、よく目にするのは肝炎、肺結核、梅毒、淋病、手足口病などの病名である。一方、通年の流行概況では死亡者数の多い疾病上位も明記されるため、中国の法定伝染病の中で死亡者の最も多いのがAIDS(エイズ。後天性免疫不全症候群)によるものであることが分かる。2017年1月から12月までの新規エイズ発症者は57,194人、死亡者は15,251人と報告されている。これにはまだエイズを発症していないHIV(ヒト免疫不全ウイルス。エイズ発症の原因となる)感染者は含まれていない。
では、現在中国にHIV感染者とエイズ患者はどのくらいいるのだろうか。中国疾病予防センター(中国CDC)によれば、2017年12月末時点、中国におけるHIV感染者は437,377人、エイズ患者は321,233人、あわせて758,610人と報告されている。
2017年中国で新たに確認されたHIV感染者およびエイズ患者の感染経路としては、異性間性交渉が最も多く69.6%、同性間性交渉が25.5%とされている。90年代から大きな問題となってきた成分採血時の感染や違法薬物の注射器使い回しによる感染の割合はかなり減少している。2017年1月に公布された国務院の「エイズ抑制予防“十三五(第十三期五カ年計画)”行動計画」を見ると、現在中国の高リスク群として流動人口、学生、老人、海外勤務労働者、各種収監施設の被収容者などが挙げられている。
このうち学生の間でHIV感染が増加傾向にあるのは、近年SNSや出合い系アプリを通して知り合う交際が増えていることも影響しているという。他方、学生に対しては啓発活動による効果も表れやすいため、大学生は予防教育活動の重点対象になっている。その一環として進められているのが大学構内へのHIV検査キット自動販売機導入プロジェクトである。
昨年11月、清華大学、北京大学、人民大学等、北京市にある大学11校に、HIV検査キットの購入できる自動販売機が置かれた。特色としては医療施設での検査に比べ手軽で、プライバシーが保たれやすいことである。販売機の中には飲料やスナック菓子などとともに検査キットが並んでいる。販売機のタッチパネルを押してキットを選択し、スマホの電子決済で購入する。学生にとってはコーラを買うのとまったく同じ動作で検査キットが購入できる。検査キットの箱の上には一般販売価格298元、公益価格268元、大学プロジェクト価格30元と印字されている。今の学生にとって30元は高くはない。
箱を開けると中には、採尿用の皿状容器、尿を吸い上げるための筒状のプラスチック容器、ジッパー付きのビニール袋、文字だけの使用説明書と、使い方が写真つきで載っている「告知書(お知らせ)」が入っている。筒状容器は昔の水鉄砲のような形をイメージして頂くと分かりやすいかもしれない。容器本体、蓋、引き手の棒の3ヵ所に12桁の同じ番号がふられている。尿を筒状の容器に吸い上げたら、引き手の棒を折って手元に残しておき、容器に蓋をしてジッパー付きの袋に入れる。そしてそれを自動販売機の横にあるサンプル回収口に入れるだけで、約10日後にはインターネット上で検査結果を調べることができるというものだ。
「告知書」にはエイズに関する説明のほかに、HIV感染後であっても感染が確認できない空白期間(ウインドウ・ピリオド)があるので、陰性とされても感染を強く疑う人は6ヶ月後にもう一度検査をしたほうが良いこと、この検査が陽性であっても慌てずに医療機関で確認のための再検査をすることなども書かれている。
自動販売機は男子学生の宿舎内に置いている大学が多いらしい。清華大学では学生が気軽に立ち寄れるよう、スーパーや売店の多く集まる総合サービス棟に置かれているという。北京大学では病院の入院棟入り口に設置されていた。こちらは逆にひと目に付きづらい場所である。いずれにしても、スマホやインターネットを活用することによって匿名性が(比較的)保たれ、この匿名性によって、より多くの学生がHIV検査にアクセスしやすくなると期待される。
前述の「エイズ抑制予防“十三五”行動計画」では、青少年のHIV/エイズ関連知識の認知度を90%以上にするという目標が掲げられている。高校や大学での授業のほかに、学生会メンバーなどによって様々な講義や講演会が開催され、HIV感染予防に関する知識の普及だけでなく、HIV感染者に対する偏見をなくすための活動も進められている。
日本の厚労省エイズ動向委員会によれば、2017年に日本国内で新たにHIV感染が判明した人は1,407人だった。そのうち、エイズを発症してから初めて感染が分かった人は29%にも上るという。感染者数として多くはないかもしれないが、日本は先進国の中でHIV感染者数が横ばい又は増加している、数少ない国の一つだと言われている。内閣府「HIV感染症・エイズに関する世論調査」が示すように、日本人のHIVおよびエイズに関する知識は決して多いとは言えず、誤解も多い。正しい知識の普及は、中国日本共通の急務であると思う。