中国感染症情報中国感染症情報

北京駐在スタッフの随想

No.019 「中国の大学にあって、日本の大学にないもの」

2018年9月28日
特任教授 林 光江

9月は中国で大学の入学時期にあたる。厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた新入生の顔はみな、誇らしげだ。

日本と少し異なるのは、同伴する保護者の多さだろうか。学生ひとりにつき2人、両親のほかは親戚なのか5-6人というグループも見かける。学生の多くが大切なひとりっ子。これまで支えてきた人々の顔も誇らしげに見える。数人分の交通費や、場合によっては宿泊代も必要になるが、それを賄えるほど親の経済力が向上していることも、この同伴者数の背景にあるだろう。

日本の大学にはなくて、中国の大学に特有なものは何か、考えてみた。

まず代表的なのが軍事訓練だ。およそ2週間、新入生は訓練基地で団体生活を送る(大学一年から二年にあがる夏に行う大学もある)。厳しい教官のもと、朝起きて布団をたたむところから訓練が始まる。そろいの迷彩服を身につけ、直立、整列、敬礼の姿勢を指導される。体操、腕立て伏せ、木のぼり、障害物、長距離走、匍匐前進…ところによっては銃を持たせられることもあるそうだ。そして軍歌を歌い、愛国主義教育用の映画を見る。

着衣は支給品なので、体にぴったり合うとは限らない。特に靴底は薄く、足を痛めたり靴ずれに悩まされたりする学生が多いようだ。軍事訓練が近づくと、注意すべきことや持参すべきものなど、さまざまな情報がネット上に飛び交うが、「靴の中敷き」は欠かせないもののようだ。その他の必需品には「虫よけ」、「日焼け止め」などが挙げられている。虫よけは、直立姿勢を命じられている時に少しでも動くと教官から怒号が浴びせられるので、蚊にさされても我慢しなければならないという理由から。一方、日焼け止めは、実際のところ汗だくになるのであまり効果がないとも言われている。

中国では小学校から中学に上がる時、そして高校でも約1週間の軍事訓練が課せられているが、生活の基本的なことがらが多く、体力的にもそれほどきつくないそうだ。しかし、大学の軍事訓練はそれらと比べようもなく厳しいといわれ、2週間の訓練中には疲れや熱中症で倒れる学生も多いらしい。

さて、もう一つは入学可否を判定するための健康診断である。罹患した病気の種類によっては、ようやく手にした「録取通知書(入学許可証)」が無効になることさえある。

2003年に中国教育部が発布した新入生の健康診断に関する規定によれば、学生に重篤な心臓疾患、重症の気管支拡張や喘息、悪性腫瘍、慢性腎炎、尿毒症、重篤な血液・内分泌および代謝系統の疾患、難治性の癲癇、その他神経系統の疾患などがある場合、大学側は入学を認めなくても良いとされている。

感染症については、結核と肝炎に関する規定がある。結核の既往者には入学を認める上で各種の条件があり、条件を満たさない場合は入学を取り消される。B型肝炎を含む慢性肝炎は、肝機能が正常であれば入学が許可される。

以前本欄で、高校での結核集団感染を取り上げたことがあるが、結核は中国国内で毎年83万以上の新規感染者が報告されるほど、公衆衛生上の大きな問題となっている。またB型肝炎も、中国で最も注意すべき感染症の一つである。2017年の一年間で、B型肝炎の新規感染者数は100万を超している。現在、北京だけでも60万近くの感染者がおり、全国におけるB型肝炎ウイルス保有者は約9000万と推計されている。これは15人に一人の割合となる。

中国の大学には寄宿舎があり、ほとんどの学生がそこで集団生活を送るため、空気感染する肺結核の予防や早期発見は重要なことであるし、B型肝炎も、適切な治療を受けなければ肝硬変や肝臓がんにつながる病であるため、学生の感染に気を配るのは当然ともいえる。

しかし同時に、検査結果は慎重に扱わなければならない。プライバシーにも充分配慮する必要がある。中国社会にはB型肝炎に対する偏見がまだ根強くあり、2010年に公布された「入学および就業に伴う健康診断項目」に関する規定で明確に禁じられているにもかかわらず、肝炎ウイルス保有を理由に採用を取り消す会社もいまだ存在する。

予防接種の内容や接種時期を定めた中国の「国家免疫計画」は1978年に作られたのち、徐々に適用範囲を拡大し、2008年にほぼ現行の内容となった。B型肝炎ワクチンについては1992年から同「計画」に取り入れられた。現在は生後24時間以内と生後1か月、6か月の3回接種することとされていて、北京で生まれた双子の娘たちにも、これに従って接種を受けさせた記憶がある。ということは、今の大学入学者はほとんどB型肝炎の予防接種を受けていることになる。

B型肝炎の感染経路は、出産時の母子感染、輸血・抜歯・内視鏡など医療上の不注意や事故によるもの、そして性交渉の3つに大きく分けられる。医療の発達により母子感染はかなりの程度抑えられているし、医療事故も医療従事者の努力により減少している。これからは、入学可否を判定する健康診断よりも、むしろ健康や性に関する正しい知識を学生に与えることの方がより重要なのではないかと思う。

輝くような笑顔で大学内を歩く学生たちを見て、ようやく手にした勉学の機会を無にすることなく健康的な生活を送ってほしいと願う気持ちになった。