近年、中国で5月20日は「網絡情人節(インターネット・バレンタイン・デイ)」と呼ばれる。520(ウー・アル・リン)が、「愛しています」という意味の「我爱你(ウォ・アイ・ニー)」に音が似ているからだという、一種の語呂合わせになっている。この後に1314と続けても良い。1314(イー・サン・イー・ス)は「一生一世(イー・ション・イー・シ)」で「一生涯」という意味になるので、5201314は「生涯あなたを愛します」となる。日本で1990年代当時の中高生が使っていたポケベルメッセージを思い出した。0840がおはよう、39がサンキューなど、一定の年齢の方はご記憶だろう。
さてその5月20日の前日、「国際エイズ・キャンドルライト・メモリアル」という活動が北京で行われていたそうだ。ろうそくを灯し、エイズで亡くなった人々を追悼する。そもそもは1987年に米国サンフランシスコで、エイズ関連の疾病により近親者を亡くした家族や友人がキルトを縫い合わせて故人を偲び、自らの心も癒していく「エイズ・メモリアル・キルト」というプロジェクトが発足した。エイズ・キャンドルライト・メモリアルもその伝統を受け継いだ国際的な活動だという。12月3日の国際エイズデーには中国国家主席夫人である彭麗媛を中心として各界の著名人が並ぶ、晴れやかな演出が目を引くが、毎年5月第3日曜日に行われるこちらのメモリアルは、各地で比較的小規模に行われているようだ。
このようにHIV・エイズから身を守り、感染者に対する偏見をなくそうという様々な活動が行われている一方、中国のHIV感染者やエイズによる死亡者は年々増加傾向にある。
先日発表された中国の「2018年全国法定伝染病報告発症死亡統計」によれば、昨年全国で報告されたエイズの新規発症例は64,170人。報告症例数としては、1,280万ものウイルス性肝炎患者や肺結核82.3万、梅毒49.5万などに比べれば多くない。しかし死亡者数をみると18,780人で、2017年に比べ23%増加している。これは中国法定伝染病による死者全体の80%をも占めているのだ。
また別の資料によればHIVの感染経路として2017年は異性間性交渉によるものが69.6%、同性間性交渉が25.5%、過去に多数を占めていた血液売買や薬物注射による感染、母子感染は衛生部門や医療関係者の努力により減少している。この中で同性間性交渉によるものの比率が年々高まっているというのである。
中国の社会学者・李銀河教授は、これには中国社会にも問題があると語る。
「社会が同性愛に対する偏見をなくし、同性愛者が自己の(性的)『身分』を知られることを恐れなくなれば、(HIVの)感染率を下げることが出来る」と。
中国は古来同性愛に対して寛容だったという。清朝末期から民国時代にかけても演劇界など一部の階層では同性愛的行為が容認されており、1993年(日本公開は1994年)陳凱歌監督の映画「さらばわが愛、覇王別姫」の中でもその様子が描かれている。しかし、一夫一婦制が定着した現代においては、一般大衆の中で同性愛は排除された。なぜならば中国では伝統的に、家庭にとって「産み、育てる」ことが最も大事だとされてきたからである。跡継ぎである男の子が出来なければ、祖先に対して顔向けできないという因習もある。特に、衛生状態の悪かった時代は乳幼児の死亡率が高かったので、子どもは多ければ多いほどよく、労働力としても、また老後の面倒をみる介護要員としても期待されていた。
そして今、子どもを産み育てる世代は多くが一人っ子である。手塩にかけて何よりも大切に育てたたったひとりの我が子が、子どもを産まない同性愛者だと聞いてすぐに受け入れられる親は少ないだろう。メンツを重視する社会の中で、同性愛者、特に男性の多くは偽装結婚をしているといわれる。親に言えない場合もあり、親は認めてくれたものの親から「親戚の手前、形だけでも」と説得される場合もあるという。
さらに中華人民共和国刑法下では同性間の性行為は「流氓罪」という犯罪とみなされ、刑罰や罰金を課せられていた。1997年の改正で「流氓罪」は取り消されたものの、2001年まで同性愛は精神疾患として扱われていた。WHO「国際疾病分類」は1990年の改訂で同性愛を精神疾患から外したが、中国ではそれから10年以上の隔たりがある。このような中で当事者たちは息を潜め、HIV検査を受けることもせず、相談相手もなく自分を追い込んでしまう。
また政府当局による言論統制やメディアによる自主規制も強まっている。昨年4月、中国語版Twitterとも称される「微博(ウェイボー)」が違法なコンテンツを取り締まると発表し、インターネット上の同性愛的表現が大量に削除されたという報道がある(ネットユーザーの反対が非常に大きく3日後に撤回)。世界的にヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、中国では同性愛に関連する場面を削除した上で上映されている。
このように様々な障壁があるものの、同性愛者を含む性的マイノリティ(LGBTなど)のコミュニティ活動も広がっている。「北京同志センター」は2008年創設以来、HIVの簡易検査や心理カウンセリング、法律相談などを行っている。ちなみに「同志」とは本来、志を同じくするものという意味で、仲間に対する呼びかけの言葉や敬称として使われていたが、後に男性の同性愛者を指すようにもなった。また同じ頃、上海ではLGBTが中心となって「上海プライド」を立ち上げ、毎年パレードやLGBT関連の映画祭を行っている。地方政府から突然の中止を告げられるなど妨害を受けることも時にあるそうだが、社会の偏見をなくす方向に少しずつ進んでいるようだ。
5月17日には台湾でアジア初となる同性婚が合法化された。同じルーツをもつ民族の多い台湾での動きに、中華人民共和国政府はどう対応するのか、気になるところである。