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北京駐在スタッフの随想

No.031 「新型コロナウイルスをめぐる日中の温度差」

2020年11月26日
特任教授 林 光江

10月末から11月初めにかけて「11月中旬から日中間の往来再開について政府間合意」とのニュースが目を引いた。ビジネスでの短期滞在の場合は、新型コロナウイルスの陰性証明や行動計画の提出を条件に、2週間の隔離措置を免除するというものだ。良い知らせだと喜んだものの、しばらくして思い直した。中国から日本はともかく、日本から中国への入国は依然として厳しいだろう、2週間の隔離を免れる人はごく一部だろうと。

なぜならば、現在中国では輸入症例の阻止および「本土症例」(国内発生症例)の排除と原因特定に力を注いでいるからだ。よほどのことがなければ感染抑止の手を緩めることはないだろう。逆に日本は、経済的なメリットだけでなく、来年へ延期となったオリンピック・パラリンピックへの道筋をも意識してか、外国からの人の受け入れに前のめりになり過ぎではないかとも感じた。

案の定、東京にある中国大使館は、11月8日から日本から中国へ渡航する中国人及び外国人の旅客に対し、「搭乗の2日前以内(検体採取日から起算)発行の新型コロナウイルスPCR検査陰性証明及び血清IgM抗体検査陰性証明」の「ダブル陰性証明」を義務づけると発表した。それまではPCR検査のみが課され、陰性証明書の有効期間も「搭乗前3日以内(発行日を基準とする)」だったのがこのたび短縮された。検査条件を厳しくしているのである。

一方、北京にある日本大使館の中国語ホームページを見ると、「11月1日以后从中国坐直航入境日本的,不需要在离境中国前接受新冠肺炎PCR检测,并取得结果为阴性的检查证明」と書いてある。11月1日以降中国から直行便で日本に入国するものは、中国出国前に新型コロナウイルスPCR検査を受ける必要はなく、陰性証明を取得する必要もないということだ。中国では新規感染をほぼ押さえ込んでおり渡航者の中に感染者はいない、と考えてのことなのだろうか。政府間合意としながら、両国の認識の違いに違和感を抱いた。

先に書いた通り、中国では今でもCOVID-19の国内発生症例が散発している。日本でも広く報じられた6月北京の食品卸売市場を中心とした感染をはじめ、新疆ウイグル自治区、遼寧省、山東省などで地域的な流行が起きている。11月に入ってからも天津、上海、内モンゴル自治区などで小規模ながら国内症例の確認が続いている。

これらの感染源に関する最近のキイワードは「冷链(金へんに連)」、つまりコールドチェーン(低温物流)である。6月以来、中国の各省・直轄市で輸入冷凍食品の包装やその関連環境からウイルスが検出されており、9月下旬山東省青島市で感染が確認された2名はともに青島港で海外からの冷凍海産物の荷下ろし作業に携わっていた。その後、青島市では10月中旬に確定症例が計14名見つかったが、上記2名が受診していた病院との関連が疑われている。また11月8日以降確認された上海市、天津市での新規感染者はともに空港で輸入冷凍食品を積んだコンテナの運搬作業に従事していたことがわかった。これらの事例から、中国の一部研究者や疫学専門家は、コールドチェーンで運ばれた貨物の包装や関連施設から人への感染の可能性を示唆している。

一方、物の表面に付着したウイルスが人へ感染する可能性については、海外では懐疑的な見方が多く、WHOはホームページで「新型コロナウイルスは食品パッケージの表面で増殖しないため食品包装材を消毒する必要はない(食品包装を扱った後、食べる前には手を洗う必要がある)」としている。日本でもマスク、手洗い、「3密」回避という「飛沫・飛沫核感染」「(人同士の)接触感染」に重点をおいた感染拡大防止策を進めており、物から人への感染はさほど重視されていない。

中国では症例が比較的少ないことに加え、スマートフォンのアプリで市民の行動歴を把握し、感染者の出た居住区を封鎖するなどの対策を取ることも容易である。感染症例を見つけたら、ただちに濃厚接触者の割り出しと関係者への大規模な検査を行い、原因究明を行っていく。かたや日本はといえば、目下急速な感染拡大の途上にあり、感染経路をたどれない症例も多いという。さらにプライバシーにも配慮した対策にならざるを得ない。

このように感染流行状況や社会環境の違いから、COVID-19をめぐる日本と中国の対応には様々な温度差が生じている。また中国の原因究明内容に、昨年末の「最初の発生源」をめぐる政治的な意図を見る人もいるかもしれない。しかし未知のウイルスに対処するにあたっては、あらゆる可能性を否定せず、「温度差」があっても科学的合理性は確保されなければならない。