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北京駐在スタッフの随想

No.034 「5月の中国「本土感染」」

2021年5月26日
特任教授 林 光江

5月14日夜、娘から北京大学所属学部の通知が転送されてきた。

「緊急通知を受け、現在、安徽省六安市、肥西県、遼寧省営口市およびそれに関連する高リスク地域の状況を調査している。もし本人または共同生活者が4月30日以降(14日間以内に)上述地域を訪れたか、関連症例との濃厚接触がある場合、明日(5月15日土曜日)午前8時までに留学生事務室担当者と学部学生担当者に連絡すること。」

本土感染が出たのだろうかと思い、国家衛生健康委員会のHPを確認すると、5月13日に安徽省で新型コロナウイルス感染症確定症例2件が報告された、とある(5月14日発表)。中国でも5月1日から7日まで労働節(メーデー)の連休とされていたので、中国国内を移動した人は通常より多かったことと思う。同大学は5月1日のみが休みで連休にはならず、1日以外は通常通り授業が行われていたのだが、中には帰省や旅行をした学生もいると考え、上記のような通知を出したものと思われる。

5月14日以降も安徽省で確定症例や無症状感染者(注:中国では無症状の場合、症例数には含まない)が相次いで確認され、また安徽省から直線で1,200キロほどの距離にある遼寧省でも確定症例が報告され始めた。安徽省で確認されたある感染者は、北京を経由して遼寧省営口市に行き、滞在中に発熱と喉の痛みを感じて現地の診療所を受診し、4日間にわたって点滴を受けた後、安徽省に戻った。その後、遼寧省滞在時の接触者が感染したことが判明した。

公開されている感染者のデータを見ていて興味を引かれたのが、今回感染者の多くが写真館に勤務する者や、写真館で撮影をした客だったことだ。安徽省でも遼寧省でも、4月末から5月初めにかけて撮影技術研修会や交流会が行われており、その参加者の間でも感染が広がったようなのだ。

余談になるが、もともと中国では写真館での記念撮影を好む人が多い。旧正月や祖父母の誕生日に親族一同が集まって撮る家族写真、子どもの誕生日に様々な衣装を着せて成長を記録する写真。中国古代の衣装を揃え、好みの衣装を着付けて撮ってくれる写真館もある。おそらく最も人気があるのは戸外で撮影する結婚記念写真で、風光明媚な観光地では撮影隊を引き連れた新婚カップルを見かけることも多い。中国の写真館は日本と比べて敷居が低く、より身近なもののように思う。

閑話休題。

感染者の報告に続いて、安徽省や遼寧省では地方政府の衛生管理に携わる役人が更迭されたり処罰されたりするなどのニュースが報じられた。本人が感染したわけでも感染を広げたわけでもないのだが、管轄地域内で感染者が出たことで監督責任を問われ処分されたのだ。また患者を診察した医療機関に対しても初期対応の不備を理由に営業許可を取り消すなどの処分が下された。このようにして中国では医療機関にも監督部門にも常に緊張感を与え続けているようだ。

報道によれば、北京市では8割近くがすでに新型コロナウイルスワクチンの接種を完了したという。一方、国家衛生健康委員会は5月23日時点で、約5億1千万回分のワクチンが中国国内で接種されたと公表している。接種を終えた人数は公表されていないためはっきりしたことは分からないが、以下ごくおおまかに推測してみる。1回接種で良いとされるカンシノ・バイオロジクスによるアデノウイルスベクターワクチンは昨年6月すでに人民解放軍内で使用許可が出たものの、一般への接種はこの5月中旬に開始されたばかりなので、5億回のうち多くはシノファームとシノバックによる不活化ワクチンの可能性が高い。これらは2回接種が必要なので、単純に2で割って2億5千人ほどが接種を終えたとすると、人口14億人のうち17〜18%となる(あくまでも仮定の数字である)。多く見積もっても集団免疫が獲得できるほどの割合とはいえない。

それでも感染の抑え込みになんとか成功しているのは、一旦感染者が出ればそれ以前の行動を詳細に報告させて追跡調査を行い、濃厚接触者を割り出して隔離し、検査するからだ。この過程でプライバシーは問題とされない。接触者の割り出しだけでなく、感染者の職場、住居、訪問先など行動範囲をすべて封鎖し、該当する地域の住民に対しPCR検査を行う。安徽省六安市の場合、13日と14日で3名の確定症例が出たが、直ちに該当地域の5千人以上にPCR検査を行っている。また21日に確定症例が報告された広東省広州市では、インド型変異株が確認されたこともあり、23日夕方までに12万8千人以上にPCR検査を行ったという。さらに上述した大学の通知のように感染確認地域以外にも通達を出して、感染者や濃厚接触者を広く掬い上げていく。このようにウイルス感染を囲い込み、感染拡大リスクをもぐら叩きのように潰していく。

今年1月に実施されたWHOと中国による合同調査の「報告書」の中に「国際社会の大半は、中国で採られた措置を実施する用意ができていない。直ちに感染を発見し、隔離し、濃厚接触者を追跡・隔離すること、そして、国民の多くがこれらの措置を理解し、受け入れることが必須である。」との文言がある。中国はまさにこれを継続実施しているのだ。

新型コロナウイスル感染症に関しては「世界で一番安全」と思われている中国だが、もちろんウイルスが無くなったわけではなく、新たな変異株が輸入されることもある。しかしこれまでみたように、日本からするとかなり強引ともみえる手法で、その「安全」を確保し続けているということだ。来年2月の冬季オリンピック開催に対する中国政府の自信は、このような対策の中で醸成されているのだろう。