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北京駐在スタッフの随想

No.035 「中国のマラリア対策」

2021年7月28日
特任教授 林 光江

今年6月30日世界保健機関(WHO)は中国を「マラリア清浄国」と認定した。中国では2017年から2020年までマラリアの「本土症例」(国内感染症例)発生がなくなっており、清浄国の条件である4年連続発生ゼロを達成していた。現在、世界で40の国と地域がマラリア清浄国の認定を受けている。

1940年代の中国では毎年3,000万人以上の感染者がいたと報告されている。1956年に当時の衛生部(日本の厚生省に相当)がマラリアを法定伝染病に指定し、制圧に乗り出した。予防薬の服用やマラリアを媒介する蚊の駆除などを行ったが、60年代から70年代の中国はまだ経済的に立ち遅れた状況にあり、居住条件の悪さがマラリアの蔓延を助長していた。特に「黄淮平原」と呼ばれる黄河、淮河流域の平野部では度々起こる洪水の影響で蚊が大量発生し、流行を繰り返していた。

1980年代の「改革開放」により人々の経済水準が向上するにつれて居住条件も改善されていき、マラリアの発生も減少傾向にあった。ところが、2006年には黄淮平原の安徽省、河南省でマラリアが大流行した。安徽省だけで感染者が年間3万人を数え、全国60,193件の半数以上となったが、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」からの援助もあり流行抑制に成功した。その後本土症例は減少を続け、2009年からは輸入症例が本土症例を上回り、2013年には95%が輸入症例となった。ここ数年は全国で年間2,500から3,000件の間を推移していたが、その約96%がアフリカからの輸入症例、その他は東南アジアからと報道されている。

中国発の抗マラリア薬としては、2015年ノーベル医学・生理学賞を受賞した屠呦呦(Tu Youyou)氏が開発した「青蒿素(Qinghaosu)」アルテミシニンが有名である。ヨモギ属の植物から抽出したこの成分がマラリアの治療に使えることを発見したのだ。中国は1974年にミャンマーと国境を接する雲南省での流行中に臨床試験を行い、1976年にはカンボジアでマラリアが流行した際、医療チームを派遣し、アルテミシニンを使って治療を行ったとされる。その後も東南アジアやアフリカなどの地域で多く使用され、現地の健康増進に大きく寄与したと言われるようになったが、残念ながら2013年に大メコン圏でアルテミシニン耐性原虫が確認されている。

アルテミシニン以外の抗マラリア薬に関しては、市場規模が小さくなったために中国国内で薬の生産がなくなったことを関係者は憂慮している。また同様に、流行地域や患者数が減少したことにより、多くの医師がマラリアに対する診断がつかず、治療が遅れるという問題も起きている。

このような状況に危機感を抱いた中国疾病対策予防センター(中国CDC)は2012年から若手研究者をアフリカへ送り出し、実際の診断と治療にあたらせている。また一部研究者をWHOに派遣し世界的な公衆衛生プロジェクトに参画させている。2015年からはWHOとの協力で、中国CDC内に熱帯病制圧のための公衆衛生と対外援助プロジェクトを立ち上げた。

中国南部の雲南省はマラリアの発生率が高いミャンマー、ラオス、ベトナムと陸続きに国境を接しているため、マラリア感染者が流入するリスクが高い。また対外援助や「一帯一路」構想により、中国からアフリカへの出稼ぎ労働者の増加が、帰国時の輸入症例増加につながっている。そのためマラリアのように中国国内では少なくなった感染症に対する医療レベルを、上記のような形で維持し続けることは中国にとっても利益になると考えているようだ。

今回新型コロナウイルス感染症流行の中で、日本はPCR検査拡充、ワクチン開発、抗ウイルス薬開発などにおいて出遅れを指摘されることが多い。感染症を制圧するためには長期的視野に立って、人材育成や資金援助を続けることが必要だと強く感じた。