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北京駐在スタッフの随想

No.037 「10月、11月の中国「本土症例」流行」

2021年11月26日
特任教授 林 光江

中国では新型コロナウイルス感染者の数を、国際路線の到着する空港や港で発見される「輸入症例」と、国内で発生確認される「本土症例」に分けて発表している。これらに台湾、香港、マカオでの症例数は入っていない。

2021年10月中旬から11月にかけて、内モンゴル自治区を訪れた観光客に端を発した「本土症例」が広まり、全国で31ある省・自治区・直轄市のうち21の地域で感染者が確認され、11月24日24時時点で確定症例が累計1,368件に及んだ(無症状感染者は含まれない)。このように全国的な感染拡大となったが、その中にはいくつかの地域的な感染流行が併存している。

このうち最大のものが「西北疫情」、中国北西部の感染流行である。上述したように、内モンゴル自治区のエジン旗を訪れた国内観光客のうち2名が、陝西省西安市で感染確認されたことに始まる。「旗」というのはモンゴル民族の地方行政単位で、エジン旗にはゴビ砂漠やタングートの都市だったカラ・ホト遺跡など異国情緒あふれる景勝地がある。こうした旅行のほか婚礼宴席出席などのため国内を移動した人々を通して、寧夏回族自治区、甘粛省、北京市、河北省、四川省など15の省・自治区・直轄市に630件を越す確定症例が広がった。これらの症例はすべてデルタ株によるものと公表されている。

続いて規模の大きかったのが黒竜江省で11月16日までに277件の確定症例を数えたが、このうち271件が黒河という市で発生している。黒河市はアムール川を挟んでロシアと国境を接している。黒河市政府は感染抑止に躍起となり、今回の発生源を特定するため関連情報の提供に報奨金を出したことが日本でも報じられた。同省内ではハルビンに6件飛び火したものの、11月26日現在、流行は収束している。中国の新型コロナ対策でいつも驚かされるのが詳細な行動追跡と検査体制で、この277件の確定症例のうちでも自ら医療機関を受診したのは7名のみ。それ以外は濃厚接触者や隔離中の者、全住民PCR検査で感染確認された者だそうだ。

それから10月30日からの江西省23件(うち1件は浙江省で確認)と11月3日からの河南省72件。この2つの地域の感染は関連している可能性があるが、ともに感染源は特定できていないという。11月4日から始まった遼寧省大連市の感染は300件に達したが、市内で抑え込み、市の外部には広まっていない模様である。大連での感染もデルタ株によるとされる。

今回の全国的感染は「10月17日陝西省西安から」始まったと中国で報道されているが、この直前、10月13日と16日に内モンゴル自治区のエレンホト市で感染者が見つかっており、市内で20件ほどまで増えた。内モンゴル自治区は東西に長く伸びており、モンゴル国との間に長い国境線を有している。エレンホト市には国境検問所があり、モンゴルとの重要な出入り口となっている。エレンホトからエジン旗は直線距離で900kmほど、車では1,500kmほどのかなり離れた位置関係にあり、この2つの地域の感染には関連性がないといわれている。

注視すべきは10月19日から始まった雲南省の感染である。ベトナム、ラオス、ミャンマーと国境を接する雲南省ではこれまでに幾度となく本土感染の流行を繰り返してきた。特に流行が頻繁に起きているのはミャンマーと接する徳宏タイ族チンポー族自治州の瑞麗市である。瑞麗市は省の西側に突き出るような形をしており、北・西・南の三方をミャンマーとの国境に囲まれている。ミャンマーとの間には山や川など自然の障壁もなく、平坦な陸続きで国境検問所があり、ミャンマーとの貿易拠点となっている。今年に入ってからも3月末から4月、7月、9月、そして今回と、幾度も流行が起きており、その都度、全住民PCR検査が頻回に行われ、都市封鎖などの措置も採られてきた。もともとこの地域ではヒスイや琥珀が採れ、宝石の交易市場が置かれてきた。しかし度重なる都市封鎖によって市場は閉鎖され、経済活動の低迷により住民の経済的困窮が問題となっている。中国では、瑞麗市の「他地域への感染を広げぬよう努める犠牲的精神」を讃えようという報道もあるが、現地の人々にとって大した救いにはならないだろう。対外交易の中心は、感染の中心にもなる。ここは行商による出入りも多く、7月の本土感染では最初の一週間ほどは中国籍の感染者よりミャンマー国籍が多かった。9月の感染はミャンマーからの密入国者から始まったと伝えられている。またコロナ禍以前から行商や長距離運送を担う人々を対象とするセックス・ワーカーも少なくなく、HIV感染者が多く見られていた。

こう書いてきたところで、上海市で確定症例が3件見つかったとのニュースを目にした。福建省アモイ在住の女性が今月12日北京へ行ったのち、15日に上海へ到着し滞在。上海在住の友人2名とともに19日から21日にかけて江蘇省蘇州へ旅行に出かけた。上海に戻ったあと25日に3人とも感染していることが判明した。さらに江蘇省徐州で濃厚接触者の中から無症状感染者が1名見つかった。これを受けて上海市や江蘇省で大規模な疫学調査や検査が行われたほか、北京市でも滞在中の行動履歴から早速28名の接触者が割り出され、143名がPCR検査を受けたという。このニュースには「この非常時に旅行とは何を考えているのか」「家でおとなしくしているべきだ」などのコメントも寄せられている。

中国では本土症例が出るたび「清零(完全消去)政策」が採られており、徹底した調査・検査や地区封鎖などの厳しい対策ののち「清零」が誇らしげに宣言される。私たちも「中国は抑え込みに成功している」「中国の方が安全だ」と単純に思いがちであるが、その裏にある緊迫感や生活上の困難、感染者へのプレッシャーは他の国と変わることはないし、またプライバシーをめぐる問題などその特殊性にも目を向けなければならないだろう。