中国では昨年11月から今年1月にかけて、内モンゴル自治区、陝西省、浙江省、河南省などで新型コロナウイルス感染症の地域的流行が断続的に起きていたが、確定症例数は多くても全国一日100件から200件の間で推移してきた。ところが3月上旬からは状況が一変した。多くの省で多発的に感染者が増え始め、3月12日には全国計1,800件を超え、2日後の14日には3,500件を超える確定症例数となった。主に吉林省、広東省、山東省などで症例が多数確認されたが、突出していたのは吉林省である。14日同省内の確定症例数は3,076件で、全国のほぼ9割を占めた。省都・長春市や吉林市では11日からロックダウン(都市封鎖)措置が採られ、公共交通機関の運行停止、一部を除いた店舗の閉鎖、企業活動の停止などが行われている。それでも長春市では感染者数が高止まりの状態にあり、20日からは封鎖管理を一層強化した。
吉林省疾病対策センター応急管理弁公室主任の張慶龍氏が人民日報のオンライン・インタビューに答えたところによれば、今回同省の流行拡大には主に3つの理由が考えられるという。一つめはオミクロン株BA.2が吉林省内に流入してきたこと。感染スピードの速さに加え、無症状感染者が多いため発見が遅れた。二つめは春節後の人の移動によるもの。もともと呼吸器感染症の多発する時期であり、新学期の始まる時期とも重なったため感染者が増加し、大学などでクラスターが発生した。以上二つについては他省でも同様と思われるが、三つめの理由として、感染が農村地域から始まったことが挙げられた。農村は都市部に比べて住民同士のつき合いが深く、交流が頻繁で、会食や冠婚葬祭などを通して感染が広がったものだという。
このインタビューでは触れられていなかったが、都市と農村との医療提供体制の格差も感染拡大に影響を与えたのではないだろうか。少し古い統計になるが2014年時点で人口1,000人あたりのベッド数は、都市部で7.84床、農村部で3.54床であった。医療機関にアクセスしやすい都市部ならば早く発見できていたかもしれない初期の感染が、農村部の脆弱な医療体制や検査体制のためなかなか発見されなかったことが感染拡大の要因となった可能性もある。
吉林省だけでなく、中国南部の広東省でも深圳市や東莞市で一週間という期限付きの移動制限や出勤制限措置がとられた。深圳市は現在感染状況が悪化している香港と陸続きにある。また東莞市には米国アップル社製品の組み立て工場があることから、製品の供給に影響が出る可能性も報道されたが、これらの制限措置が奏功し、広東省では徐々に感染者が減少している。
一方で気になったのが上海の状況だ。「上海ディズニーランド休園」というニュースは目にしたものの、確定症例数だけからすると大した問題はないように思えた。3月1日から24日までの確定症例は計275件、最も多かったのは17日の57件でしかない。しかし復旦大学附属華山医院感染症科主任の張文宏医師は24日自らのブログで「この数日上海は、新型コロナ発生以来最も苦しい戦いの中にある」と語っている。感染者数は予想を超え、医療資源も急激に逼迫してきているとも書かれている。国や上海の感染症対策部門の責任者も務める張文宏医師は率直な物言いで知られ、時に政府の見解と異なることがあっても、科学的根拠に基づいた発言は人々からの信頼を得てきた。その彼が語る「現実」と公表される確定症例数がかけ離れているように思ったのだ。そういえば上海の関係先も「新型コロナ流行の影響で現在国際郵便を送ることができない」と言っていたことを思い出した。手がかりの一つは無症状感染者数にあった。3月1日に1件だった無症状感染者が13日に100件あまり、25日には2,000件を突破、そして27日は3,450件へと増えている(同日の確定症例は50件)。一つの数字だけでは現実は見えてこないと認識を新たにした。
では今後中国の新型コロナ対策はどうなっていくのか。
中国国家衛生健康委員会は3月22日「核酸检测组织实施指南(第三版)」を発表した。PCR検査実施要領の改訂版である。これによると、感染流行が起きた場合、所在地域で検査区域の範囲を定め、該当区域内の全住民に対し24時間以内にPCR検査を「完成(完了)」させなければならない。24時間というデッドラインを設定したのは、オミクロンBA.2を抑え込むにはそれだけ迅速な対応が必要と判断したのだろう。これからみても中国政府にとってコロナとの「共存」はあり得ず、今後も「ゼロコロナ」政策を続けていくものと考えられる。
ただしこの「ゼロコロナ」の概念も徐々に変化してきている。当初「清零(ゼロコロナ)政策」は、地域的な流行を短期間で完全に抑え込む方法をとっていた。しかし現在ではそれが「動態清零(動的ゼロコロナ)」という表現へと変わってきた。衛生当局の説明によれば、動的ゼロコロナは「絶対的にゼロを追求するものではない」という。徐々に数を減らしていけば必ずしも短期的にゼロにしなくてもよいということのようだ。長期にわたる新型コロナ対策の中で政府内でも許容範囲が少し広がったのだろう。
先の張文宏医師はどう考えているのだろう。
3月14日のブログで「今はゼロコロナか共存かの論争にとらわれるべきではない」と発信している。現状では「全面的に開放」すれば感染者が急増し、医療資源の奪い合いが起き、社会生活にも悪影響を与える。しかしだからといって永続的にロックダウンや全市民対象のPCR検査を続けるという意味ではない。現行のやり方で一時的に感染が減少するチャンスが必ず来るはずで、その間に持続可能な対策の準備をするべきである。今は一時的な「寒の戻り」のようなもの。効果的なワクチン接種、内服薬、検査キット、診療計画、自宅隔離方法、次の流行に備えた医療システム・医療資源の拡充など、様々な対策を講じながら「春」を待とう、と述べている。
今年秋には5年に1度の中国共産党全国代表大会(党大会)が開催されるが、習近平国家主席はその大会で異例の三期目再任を目指しているといわれる。だからそれまでは新型コロナ感染を制御し、自身の政策の正しさを示さねばならない、対策の手を緩めるわけにはいかないのだ、という識者の意見も聞く。だとすると、しばらくはまだ「寒い冬」のような厳しい対応が続くのかもしれない。今のところ中国政府の新型コロナ対策は我々とは異なっている。しかし張文宏医師が言うように、暖かい「春」を待ち望む心は同じであるに違いない。