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北京駐在スタッフの随想

No.042 「サル痘が広げた予期せぬ波紋」

2022年9月26日
特任教授 林 光江

9月16日、中国・重慶市で中国大陸初のサル痘感染者が確認された。中国疾病コントーロールセンター(中国CDC)の週刊報告「CCDC Weekly」によれば、感染者は中国籍の29歳男性で、9月2日から滞在していたドイツ・ベルリンで男性同士の性的接触をもち、9月14日にスペインから航空機で重慶入りしたとされている。

日本では7月25日に初めてサル痘の感染確認があり、当初は人々の間に不安が広がったが、「症状のある人の飛まつ・体液との接触を避ける」「サル痘を保有する可能性のあるげっ歯類等のほ乳類(死体を含む。)との接触を避け、野生の狩猟肉(ブッシュミート)を食べたり扱ったりすることを控える」ほか、新型コロナ対策と同様に「手指衛生を行う」ことで予防できる(『外務省海外安全ホームページ』より)と周知されてからは、だいぶ落ち着いたように思う。

一方、中国では感染症専門家が人々を安心させるために発した言葉が波紋を呼んだ。中国CDCの呉尊友(WU Zunyou)氏が9月17日、自身のブログの中でサル痘に対する予防策の1番目に「外国人と直接的な皮膚接触をしてはならない」を挙げていると報道された。呉氏はHIV研究を専門とする疫学の専門家で、HIVだけでなく新型コロナウイルス感染症が広まってからも、新しい情報を随時更新しており、多くの人から信頼を得ている。私がはじめこの言葉に接したのは『新京報』のニュースサイトで、その時は「あの人にしてはずいぶん大雑把な表現をするな」と思う程度だった。『新京報』の記事の中でこの他に挙げられていたのは「2. 最近(3週間以内に)海外から帰国した人と皮膚接触をしてはならない」「3. よく知らない人と皮膚接触をしてはならない」「4. 手指の衛生に注意すること」「5. ホテルの部屋のトイレを含む公共のトイレを使用する場合は、できるだけ使い捨ての便座シートを使うこと。なければアルコールティッシュなどで拭いてから使用すること」という注意勧告だった。

ところが数日経って、カナダの中国語ニュースサイトが、呉尊友の発言が中国国内のSNSで物議を醸していると報じた。彼の「外国人と接触してはならない」という勧告を歓迎する者もいれば、適切でないと言う者もいると書かれている。賛成派は、重慶で確認された症例は外国から持ち込まれたものであるから、外国人と接触を持つなと言うのは正しいと主張する。反対派の意見は、中国在住外国人の中には長い間出国していない人もいるのだから、外国人との接触を一律に禁じるのはおかしいというもの。また新型コロナウイルスのパンデミックが広がった時、海外在住の中国人が不当な扱いをされたことを想起させるのでこのような言い方には賛成できないという意見もあったという。

呉氏は実際どのような表現をしたのか確認しようと思い、彼のブログを開いてみた。問題になっている1番目は「最近(3週間以内)海外のサル痘流行地域から来訪し、かつサル痘に感染している可能性のある外国人と親密な皮膚の直接接触をしてはならない」であった。2番目も「最近(3週間以内)海外のサル痘流行地域から到着または流行地域で乗り継ぎをし、かつサル痘に感染している可能性のある帰国者と親密な皮膚の直接接触をしてはならない」となっている。

この表現なら特に問題はないように思う。海外の中国語ニュースサイトは、中国大陸に否定的な記事を載せることもある。事実でないことを掲載しているのだろうか?本当にユーザーからの書き込みが殺到したのだろうか?確認しようと思っても、9月17日のブログのコメント欄は閉鎖され、以前のコメントも閲覧できない状態になっている。

皮肉な見方をするならば、呉氏は当初「外国人と直接的な皮膚接触をしてはならない」と書き込み、コメント欄が荒れたため、内容を編集し直し、コメントを閲覧できなくした、というもの。好意的な見方をするならば、中国国内メディアが掲載の際に一部を端折ったため誤解を与えコメントが殺到したが、呉氏自身は初めから接触を避けるべき「外国人」がどのような属性を持つのか適切に定義していた、というもの。そのいずれであるかは、私のような一介の「外国人」には確認のしようもなく、モヤモヤした気分が続いている。

ともあれ上からの一方的な意見を鵜呑みにするのでなく、一般の人々が自分で考え表明した意見が反映されていることは間違いなさそうである。中国でも近年、大衆の意見が社会を動かす契機となる事案が増えつつある。また、ありきたりではあるが、発信する専門家は扇動せず、慎重に、メディアは正確に、真摯に、という姿勢が今回のような騒ぎの最良の「予防策」になるのだろう。