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北京駐在スタッフの随想

No.043 「中国の大学新卒者の就職動向」

2023年1月30日
特任教授 林 光江

2023年1月22日は旧暦1月1日にあたり、中華圏では旧正月“春節”を迎えた。中国では春節前夜に開かれる“春節晩会”、略称“春晩(チュンワン)”がよく知られている。各地のテレビ局でも独自の“春晩”を企画しているが、最も注目を集めるのが中央テレビ局(“中央広播電視総台”)による“央視春晩”である。

“央視春晩”は日本のNHK「紅白歌合戦」のようなものと言われることもあるが、“春晩”は歌だけではない。2023年も午後8時から、独唱、合唱、舞踊、漫才、コント、雑技、武術、京劇を含む伝統地方劇など、午前0時の新年カウントダウンを挟んで40以上の演目が次々に披露された。客席には2022年に活躍した芸能人、スポーツ選手、政府に表彰された労働者など約50名が、ステージを囲んで半円形に並べられた円卓に着席し、その後ろには背もたれの付いた座席に一般の観客が座っている。“春晩”が収録・放送される中央テレビ局の第1スタジオは1,000名収容できるという。

目を引いたのが、出演者だけでなく観客も、みなマスク無しだったことだ。2021年と2022年“春晩”の観客は全員、赤や青、色とりどりのマスクを着用していた。しかし今年の“春晩”では全員がマスク無しで、さらに舞台と観客の間で、大きなかけ声のやりとりさえなされていた。新型コロナからすっかり解放されたかのような様相だった(ちなみに2020年1月24日の“春晩”はマスク無しであった)。

“春晩”が開かれた1月21日、中国疾病コントロールセンターの疫学首席専門家である呉尊友(WU, Zunyou)氏が自身のブログで「人口の80%がすでに感染した」と記したことは日本でも報道されている。もしかすると“春晩”の観客もほとんどがすでに感染から回復した人で、そのためマスク無しでも問題ないのかもしれない。

3月の全国人民代表大会まで続くとみられていた中国のゼロ・コロナ政策が、12月上旬に突如終了したことで、このような光景が現れたわけである。2023年には、これまでコロナ禍で落ち込んだ経済も回復するだろうという予測も増えている。一方、全国各地で毎日のように行われていたPCR検査は突然そのほとんどが中止され、それまで活況を呈していた検査キットの生産企業は急遽、生産規模を縮小せざる得なくなった。突然雇用を打ち切られた労働者が、給与の不払いなどを理由にデモを起こした工場の様子も伝えられた。マスクも値崩れを起こしており、PCR検査キットとマスクという、いわばコロナ禍での二大産業が、急激な変化の中にある。PCR検査を実施していた人々も職を失った。突然生まれた大量の失職者を直ちにすくい上げるのはたやすいことではないだろう。

そう考えると、同じ年代の子をもつ者として気になるのが大学卒業生の就職問題だ。昨年は大学卒業予定者が1,076万人に達し、はじめて一千万人を越したと話題になった。2023年7月の卒業予定者はさらに82万人増え、1,158万人だという。

2022年4月の調査では、中国で“単位”と呼ばれる企業、団体、政府などの職場に就職する“単位就業”が50.4%、“自由就業”(自由業・フリーランス)が18.6%と続き、後述する“慢就業”が15.9%となっている。フリーランスの新たな業態としては、インターネット上のゲームや動画の編集、声優、ゲーム原作執筆など。また動画ブログを発信して広告収入を得ることも若者の間で人気がある。そのほか国内大学院進学9.3%、起業1.9%、海外留学1.3%となっている。海外留学が思いのほか少ないのはコロナ禍のためだろうか。

さて、この“慢就業”という言葉は7~8年前から使われているらしい。大学を卒業してすぐに職に就くのではなく、“慢”=急がず、ゆっくり、“就業”=就職するというものだ。2017年には有力紙「北京青年報」でアンケート調査が行われており、当時すでに「周囲に“慢就業”の大学生がいる」の回答が72.9%にのぼっている。“慢就業”を選択した学生の多くは、就職までの時間を使って教育支援ボランティア、遊学、インターンなどをする。

大学卒業予定者が増えて、就職競争がますます激化する中、もし希望の職がすぐに見つからなければ、様子をみながら時間をかけて理想の就職先を探していく。もともと中国ではより上を目指して転職することは悪いこととみなされないが、最近の大学生は以前に比べて、給与や福利厚生よりも安定性を求める傾向が強いという。高い給与や地位を目指して転職を繰り返すよりも、安定した職業に就きたいという学生が多く、“慢就業”の割合も高くなっているようだ。

もちろんその背景には、家庭内で一人っ子がほとんどとなり、子どもへの支援をいとわない裕福な親の存在も大きい。またコロナ禍で「内向き」にならざるを得なかった学生時代を見つめ直し、改めて視野を広げたいと望む若者もいるだろう。“慢就業”が一時話題となった“躺平”(寝そべり)*ではなく、卒業後に様々な体験を通して見識や人脈を広げ、今後の人生について考える貴重な機会となることを願う。

*注)躺平(寝そべり):中国において、社会の中で過酷な競争にさらされることを嫌い、経済面や社会的地位に対する野心をもたず最低限の生活で満足し、精神的安寧をより重視すること。若者に多い。共産党政権を批判するものではないが、政権側は社会の発展を妨げる、と問題視している。