中国感染症情報中国感染症情報

北京駐在スタッフの随想

No.051 「労働節の連休とデング熱」

2024年5月27日
特任教授 林 光江

5月初めには中国でも連休があり、今年は5月1日の労働節(メーデー)から5日までが法定休日とされた。春節以来の長い休みを心待ちにしている人は多く、帰省や国内旅行、海外旅行に出かける人も少なくない。

連休に先立つ4月末、中国疾病コントロールセンター(中国CDC)は注意喚起を行った。連休期間中、特に注意すべきとして挙げられたものは、食物や飲み水を介して起こる食中毒やノロウイルス腸炎、小さな子どもは百日咳や手足口病、外出時にはダニに咬まれることによる感染症、海外旅行の際にはデング熱やジカ熱など蚊が媒介する感染症であった。

そして連休明けには再びデング熱に関する注意喚起がなされた。中国では5月からデング熱の流行期に入り、8月から10月がピークとなる。例年、患者が多いのは海南省、広東省、福建省、広西チワン族自治区、雲南省といった、南部沿海地域や他国と国境を接する地域である。

一般的に中国におけるデング熱の流行は自国内発生ではなく、海外から流入した症例が本土(国内)感染の流行を引き起こすとされている。海外のデング熱流行地から帰国した患者または無症状感染者を中国国内のヒトスジシマカやネッタイシマカが吸血したのち、蚊の体内でデングウイルスが増殖され、そのウイルスを保有する蚊に刺された人がまた感染する、という形で伝播していく。

ネッタイシマカは今のところ海南省、広東省や雲南省の国境地帯などに生息するのみだが、ヒトスジシマカの生息域は海南省南部から遼寧省南部まで、西は陝西省までに広がっている。つまり中国北西部や東北部の一部地域を除き、非常に広範な地域で伝播の可能性があることになる。昨2023年は世界的にデング熱の大規模流行が認められた年で、中国でも全国で12,400件のデング熱症例が報告された。近年では2014年に46,864件、2019年に22,188件といった流行が起きている。

そこで気になるのが、中国から海外への渡航先だ。中国のある旅行サイトのデータによれば、この連休期間の海外旅行目的地トップ10は、タイ、日本、マレーシア、韓国、シンガポール、インドネシア、ベトナム、アメリカ、フィリピン、オーストラリアだった。デング熱の流行地域も多くみられる。

このところ中国に対しビザを免除する国や地域が増えている。現在、中国人がタイ、シンガポール、マレーシアを訪れる際には入国ビザ免除となっている。インドネシアは指定の空港/港から入国すればビザが免除。ベトナムは政府の許可書があれば、出国前にビザ申請の必要はなく、到着後の手続きが可能。韓国は済州島に限りビザ免除、その他の地域も指定のツアー参加者やクルーズ船乗客はビザが免除される。ちなみに日本もクルーズ船での中国人旅行者に対して15日間ビザ免除の措置をとっているそうだ。中国の人たちにとって海外旅行がますます身近になっていると感じる。

このようなこともあり、国として感染流入を食い止めたいと考えているのだろう。上述した連休明けの注意喚起では、発熱、頭痛、発疹、関節痛などの症状があり、2週間以内に流行地から戻ってきた場合、または中国国内の自分の生活圏でデング熱症例が発生している場合はデング熱感染の可能性も考えて、医療機関を受診するよう推奨していた。

デング熱の流行には3-5年の周期性があるといわれており、昨年流行があったため今年は大丈夫なのではないかという推測もできるが、感染症には「これまでの常識」が通用しないことが多々ある。海外旅行を楽しむ人々の増加に加えて、気候変動による気温の上昇によりウイルスを媒介する蚊の生息域北限も北に移動しつつある。引き続き今年の流行状況にも注目していきたい。