9月初旬、科学雑誌『ネイチャー』に中国人研究者が主導したある研究成果が発表された。復旦大学の粟碩教授(Prof. SU Shuo)のグループは「Farmed fur animals harbor viruses with zoonotic spillover potential」と題する論文の中で、中国における毛皮用動物の飼育農場がウイルス性人獣共通感染症の重要な感染拠点となっていることを明らかにした。
同グループは中国国内で病死したタヌキ、ミンク、マスクラットなど461匹の動物から、肺や腸の組織サンプルを採取し解析を行ったところ、125種類のウイルスを特定したという。それら動物の約9割は飼育農場からのものであり、残りの約1割が野生動物保護区など人工的に作られた野生環境のものだった。毛皮を採るためだけに飼育される動物のほか、ウサギやヌートリアなど毛皮採取と食用に供される動物もいる。
研究で特定された125種のウイルスのうち36種は新種であり、39種は種を越えて感染するリスクの高いウイルスだとされている。宿主を頻繁に変える39種のウイルスのうち、11種はすでにヒトで確認されている人獣共通感染症の原因ウイルスであり、15種はヒトではまだ確認されていないが2種類以上の哺乳類の中で確認されているものであった。とりわけコロナウイルスとインフルエンザウイルスの高い蔓延率と多様性は注目に値するという。
調査で扱われた動物の中で、タヌキとミンクは潜在的に高リスクのウイルスを最も多く保有しており、モルモット、ウサギ、ホッキョクギツネなども潜在的リスクのある宿主であると確認された。近年、欧州の毛皮農場でキツネやミンクに高病原性鳥インフルエンザウイルスが広がったことが指摘されているが、今後も毛皮用哺乳類の飼育が公衆衛生に与えうるリスクを評価していくために、ミンク、タヌキ、モルモットなどの動物に対し、広範かつ定期的なモニタリングが必要であると粟教授らは述べている。
また別の調査によれば、2020年以降、上海の住宅地約300か所でタヌキが発見されているという。このように潜在的リスクの高いウイルスを保有する野生動物がヒトの近くに生息することにより、ウイルスが種を越えてヒトに感染しやすくなる恐れも高まっているといえる。
この研究で人獣共通感染症の潜在的リスクが中国全土に広がっていることが示されたわけだが、それが中国人研究者の手による国際共同研究成果であるということに少し心が安らいだ。中国ではたとえ純粋に科学的な研究であっても、政治的視点から完全には離れることができないと聞いたことがある。また、重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型コロナウイルス感染症の流行初期、中国政府による情報開示が遅れたことも記憶に新しい。日本でもかつて政府にとって不利な情報が秘匿されていた苦い過去がある。科学的研究成果は、万が一それが施政者にとって不都合な内容であったとしても、可能な限り迅速に公開され、人々の利益にかなうような社会であり続けて欲しいと思う。