11月に入り寒さが深まる北京ではインフルエンザ、百日咳などの呼吸器感染症やノロウイルスなどによる腸管感染症が増えているが、中国南部の広東省では蚊が媒介するデング熱の流行がいまだに報じられていた。9月9日から10月27日の48日間で広東省におけるデング熱症例が1万件を超したというものだ。
広東省は中国の南部沿海部に位置する、国内有数の経済発展地域である。おおまかな緯度は台湾と同じくらいで、冬も暖かい。広東省と北京市は南北に遠く離れているだけあって、その気温傾向はかなり異なる。夏はともに30℃を超す暑さとなるが、9月から12月にかけて、北京では平均最高気温が26℃→19℃→10℃→4℃と一気に寒くなる。一方、広東省では33℃→30℃→25℃→21℃と穏やかな気候が続く。このため11月になっても蚊が活動し、デング熱の感染が懸念されるのだ。特に今年の広東省は雨が多く、ヒトスジシマカの活動時期が早まり、活動期間が長くなっているという。
また、ここ数年多くの国が中国に対してビザ免除政策を採っていることが感染を加速させているという見方もある。ビザ申請が不要となり海外旅行が容易になったことで旅行者が増え、国外からウイルス(またはウイルスをもった蚊)を持ち込んでしまい、それが地元で広がっているというものだ。
そのような報道とともに、興味深い記事が紹介されていた。広東省広州市白雲区峡石村では、ある研究グループが毎週30万から50万匹もの蚊を野外に放っている。これらの蚊には「ボルバキア」と呼ばれる細菌を感染させており、感染オスと交配したメスの蚊が産んだ卵は孵化できない。またオスの蚊は吸血しないため、大量に放っても人への害はなく、長期的に見れば蚊の個体数を減らすことにつながり、デング熱の伝播を阻害するのだという。記事によればこれまでに7年間継続した結果、この村ではデング熱患者がひとりも出ていないとのことである。
以前、同じような話があったなと振り返ってみる。2011年にオーストラリア、2012年にインドネシアとブラジルでボルバキアに感染させたネッタイシマカを野外放出したというニュースがあった。これはオーストラリアのモナシュ大学が主導するプロジェクトで、同大のスコット・オニール教授がある系統のボルバキアに感染した蚊の体内ではデングウイルスの増殖が抑制されるのを発見したことに始まる。まずメスのネッタイシマカにボルバキアを感染させて、ボルバキアに感染した卵を産ませる。するとボルバキアに感染した子孫が産まれ、デングウイルスを媒介しない蚊が増えていくというわけだ。ボルバキアはショウジョウバエ、トンボ、ミツバチなど昆虫類の約半数の体内に存在する細菌で、人や動物にとっても安全性が確認されているというが、当時は人の手を加えた蚊の大量放出が生態系に与える影響を危惧する声も高かったと記憶している。
また、別の研究グループによる、感染したオスの蚊だけを放つ方法もある。ボルバキアに感染したオスと交尾した非感染のメスが産んだ卵は孵化しない。その結果、蚊の個体数が少なくなっていくというもので、上述の広州市白雲区の事例もこの方法にならったものだろうか。さらに見ていくと、2019年アメリカのミシガン州立大学と広東省広州市の中山大学による共同研究センターでは、ボルバキアに感染したヒトスジシマカのオスに放射線を照射し不妊化した上で野外に放つことで、個体数を大幅に減少させることに成功したという。
感染症を媒介する生物には、蚊のほかにも渡り鳥、ダニ、貝、齧歯類等の野生動物など、多種多様なものがある。それぞれに様々な対応策が講じられてきたし、これからも新しい対策が生まれてくるだろう。それらが人や環境に与える影響も含め、引き続き注目していきたい。