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北京駐在スタッフの随想

No.056 「帯状疱疹ウィーク」

2025年3月25日
特任教授 林 光江

3月初め、中国のニュースサイトには帯状疱疹に関する情報が多くみられた。といっても帯状疱疹は人から人へ伝染するものではないので、人々の間で大流行が起きたというような内容ではない。
(注:水ぼうそうにかかったことがない乳幼児にうつし、水ぼうそうを発症させてしまう可能性はある)

帯状疱疹は、水ぼうそう(水痘)の原因となる「水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)」によって引き起こされる感染性の皮膚疾患である。幼いころ水ぼうそうにかかると、治った後もウイルスは体内に潜伏し続ける。そしてそのウイルスが加齢や疲労、ストレスなどからくる免疫機能の低下により再び活性化して、帯状疱疹を引き起こす。よく知られる症状は、ピリピリ、チクチクといった刺されたような痛み、発疹、水ぶくれなどである。多くは背中から腰にかけて、体の左右どちらか一方にあらわれるが、人によっては目や耳に症状が出たり、顔にまひがでたりすることもある。また、症状がおさまった後でも、数か月から数年にわたって神経痛が残る場合もあるので、やっかいだ。

近年、中国では2月の最終週を「国際帯状疱疹ウィーク」と定め、啓蒙活動を行っている。成人の約90%が体内にこのウイルスをもっていると言われ、そのうちおよそ三分の一にあたる人が一生のうち一度は帯状疱疹を発症する。言い換えれば三分の二の人はかからないので、この感染症に対する認識が広まりにくく、それを解消するため科学的知識の普及を行っているのだそうだ。

今年は2月24日から3月2日にかけての1週間が「第四回国際帯状疱疹ウィーク」とされ、中国政府の主要メディアである中央テレビ局ともタイアップし、著名な医師やオリンピック・メダリストなどを招いて北京で開幕式典が行われた。そのため冒頭のように帯状疱疹に関する報道が多かったのかもしれない。また民間には帯状疱疹をたとえて「生蛇」、「蛇纏腰(蛇が腰に纏いつく)」、「蛇盤瘡(蛇が巻きつくようなできもの)」などという言い方がある。今年は「へび年」にあたるため、帯状疱疹を語るきっかけにする記事もみられた。

中日友好病院の副院長で皮膚科主任の崔勇医師によれば、中国では50歳以上の人々のうち毎年156万人が新たに帯状疱疹にかかり、帯状疱疹の治療にかかる年間治療費は13億元(日本円で約270億円)に上るという。これを国家財政の大きな負担とみて、予防、つまりワクチン接種を薦めている。

中国で帯状疱疹ワクチンを接種する費用は基本的に自己負担となり、ワクチンの種類、そして地域や医療機関によって金額が異なる。国産の弱毒化生ワクチンは1回接種で済み、1,300元から1,600元(日本円で2万7千円から3万3千円程度)かかる。日本でも使用されているシングリックスなど外国製組み換えワクチンは2回接種が必要で、合計6,000元(日本円で12万円以上)になる場合もあるという。医療保険で一部助成されるかどうかも地域によって差異があるようで、人々にとって大きな負担となる。

国の財政負担を減らすために、その一部を国民の負担によってまかなおうという試みに対してはさまざまな批判や困難が生じるものだ。日本では高額療養費制度の限度額引き上げが、患者団体などからの反対を受け、先の国会で一時凍結された。しかし市民の反発が選挙に反映されない中国においては、あてはまらない。例えば高額なワクチンを打たないという形で市民の「消極的な反対」があったとしても、「帯状疱疹ウィーク」のような政府の強力な広報によって、賛同や協力へと転換していくのだろうか。